【映画】悪人不在の残酷物語「若おかみは小学生!」感想

アニメ

 

 

こんにちは、どれいです。

 

以前から気になっていたアニメーション映画「若おかみは小学生!」を視聴しました。今回はその感想をば。

 

※テレビシリーズ、原作は未視聴

 

「若おかみは小学生!」あらすじ

 

小学6年生のおっこ(関織子)は交通事故で両親を亡くし、おばあちゃんが経営する花の湯温泉の旅館<春の屋>で若おかみ修業をしています。どじでおっちょこちょいのおっこは、ライバル旅館の跡取りで同級生の真月から「あなた若おかみじゃなくて、バカおかみなの!?」とからかわれながらも、旅館に昔から住み着いているユーレイのウリ坊や、美陽、子鬼の鈴鬼たちに励まされながら、持ち前の明るさと頑張りで、お客様をもてなしていくのでした。いろんなお客様と出会い、触れ合っていくにつれ、旅館の仕事の素晴らしさに気づき少しずつ自信をつけていくおっこ。やがて心も元気になっていきましたが、突然別れの時がおとずれてー(C)令丈ヒロ子・亜沙美・講談社/若おかみは小学生!製作委員会

 

絵柄やあらすじからは“ほんわかできる児童向けアニメだなー”という印象。

両親を事故で無くすという辛い経験を抱えながらも、温泉旅館を舞台に人々との交流を経て愛情に触れて成長してゆく、温かくコミカルな話になるんだろうなーと。

 

実際に視聴すると、印象は一変します。

 

悪意を含んだご都合主義

 

純粋な女の子が一癖ある旅館客たちの助けとなり、若おかみとして奮闘する姿が描かれる。

 

が、

 

物語終盤、おっこがより一層知恵を絞って精一杯もてなした相手、家族で訪れた父親が両親の事故の加害者であるという事実が判明する。

 

確かに加害者なのだが、この父親自身も別の事故に巻き込まれ生死をさまよい、身体に障害を負った被害者でもある。故に一方的に断罪することができない。(苦労して美味しい療養食を用意するまではわがままなでいけ好かない山寺宏一だなーとは思っていたが)

 

おっこ本人と旅館客家族がその事実を知り、家族はあまりの罪悪感から急遽別の旅館へと移ろうとするが、おっこはそれを引き留めた。胸が引き裂かれる思いをしながらも春の屋の良さを知ってもらい、何の罪もない家族の子供をもてなす“若おかみ”として。

 

久しぶりに映画で涙ぐんだが、これは爽やかな感動の涙ではなく、ただ悲しくて泣いた。

 

小学生女児が個よりも公を優先する姿が痛々しすぎる。作中に明確な悪人が存在しないが為に、彼女が怒りをぶつける対象が存在しないのがあまりにも悲しい。おっこの説得に不承不承従った父親だが、結局全く気が休まらなかっただろう。良くされればされるほど罪悪感に押しつぶされそうになったに違いない。これは互いに罰ゲーム以外の何物でもない。

 

悪人が存在しないエンタメは時にどんなバイオレンスより残酷に感じる。

 

「千と千尋の神隠し」のように料理を勝手に食べた両親の落ち度を子が挽回し、元の日常に戻ってゆくのであれば、少女の成長物語として受け取ることもできるのだが、なんの落ち度もないおっこの両親が亡くなったのは紛れもなく現実であり、幻として度々現れていた彼らは最後に娘に別れを告げる。

 

物語の起伏や整合性のために、因縁のある者が突然目の前に現れることもあるだろう。その点は別にご都合主義とは言わない。しかしご都合主義でも良い、せめてもっと優しいご都合主義は無かったのか?

 

映像は美しく、全体的にとても良い作品だと思う。

それでももう一度観たいとはあまり感じず、他人に勧めようとも思わない。そんな話。

 

エンドロールをみるまで違和感なかったホラン千秋さんは声の演技上手なんだなと思った。

ユーレイは実在したのか?

 

ここで指す幽霊とはウリ坊や美陽、小鬼のことだ。

創作だから別にその世界観で存在すると言われればそこまでなんだけど。

 

度々両親の幻影をみたり、高速道路の対向車線のトラックを見てフラッシュバックで過呼吸を起こすあたり、明らかにPTSDの症状。

 

アレらはそんなおっこが自分の心を守るために無意識下に生み出した、いわゆるイマジナリーフレンドではなかろうか。おっこの心は、最初から壊れていたのではないか?

 

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